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福岡地方裁判所小倉支部 昭和56年(ワ)781号 判決 1983年1月25日

原告

栗栖利晴

右訴訟代理人

配川寿好

横光幸雄

三浦久

吉野高幸

前野宗俊

高木健康

中尾晴一

住田定夫

臼井俊紀

尾崎英弥

被告

海老津タクシー株式会社

右代表者

真鍋一年

右訴訟代理人

井上繁行

主文

一  原告が被告に対し労働契約上の地位を有することを確認する。

二  被告は原告に対し、昭和五五年一一月二日以降、毎翌月五日限り月額金一七万六、七七三円を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、一般乗用旅客自動車運送業を目的とする株式会社であるところ、原告は、昭和五〇年一二月初めころ、被告にタクシー運転手として、雇用されたものである。

2  被告は、原告を昭和五五年一一月一日懲戒解雇したと称して、原告と被告との間の労働契約の存在を争うものである。

3  原告の解雇当時の平均賃金月額は左記のとおり金一七万六、七七三円であるが、被告における賃金の支払方法は毎月一日から末日までの分を、翌月五日に支払う定めである。

(一) 昭和五五年五月分

金二〇万二、五九五円

(二) 同年 六月分

金一八万二、〇二一円

(三) 同年 七月分

金二〇万三、五一九円

(四) 同年 八月分

金一二万七、〇七一円

(五) 同年 九月分

金一七万一、九一四円

(六) 同年一〇月分

金一七万三、五二〇円

平均月額 金一七万六、七七三円

4  よつて、原告が被告に対し労働契約上の地位を有することの確認を求めるとともに被告に対し解雇の日の翌日以降の賃金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3項の事実は認める。

三  抗弁

1  被告は原告に対し、昭和五五年一一月一日、就業規則八四条一四号、一七号、一八号、二三号、三六号に基づき、懲戒解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をし、右意思表示は同年同月七日原告に到達した。

2  本件解雇の理由は、次のとおりである。

(一) 原告は、昭和五一年八、九月ころ、被告タクシーに乗務中、北九州市八幡西区黒崎商店街付近で乗せた女性客を誘惑してホテル等で情交関係を持ち、同女が有夫であることを知つた後も右関係を継続し、そのため被告は同女の夫から抗議を受ける等、被告の信用を著しく失墜させた。

(二) 原告は、昭和五三年夏、午前一〇時ころから午後一時ころまでの勤務時間中に、福岡県鞍手郡鞍手町古門所在の野球グランドで野球に興じ、故意に業務を低下させ、かつ右時間中被告車輛を放置した。

(三) 原告の勤務成績は、他の乗務員に比して著しく不良であつて、改善の見込みがない。

すなわち、原告の実車距離(客を乗せて走る距離)は、同一営業所勤務の乗務員中最低のクラスであり、実車率(全走行距離に占める実車距離の割合)が著しく低く、稼働運収は最低である。

(四) 原告は、昭和五五年九月二九日、同年一〇月九日、いずれも勤務時間中に、野球又はソフトボールに興じ、殊に右一〇月九日は、午前一一時五五分から午後一時一七分まで福岡県遠賀郡岡垣町野間所在の岡垣町営グランドにおいてソフトボールに興じ、故意に業務の能率を低下させ、かつ被告車輛を対置した。

3  原告の前項各所為中、(一)は就業規則八四条(懲戒解雇規定)一四号の「会社の内外を問わず不正不法な行為による会社の信用を失墜したとき」及び一八号の「会社の内外を問わず不正又は不法な行為をして著しく従業員としての体面を汚したとき」に、(二)、(四)は一七号の「故意に業務の能率を低下させたとき」及び二三号の「許可なく会社の車輛を放置したとき」に、(三)は一七号の「故意に業務の能率を低下させたとき」及び三六号の「運転者の服務規定等に悪質に違反したとき」に各該当する。

被告は原告に対し、右(一)ないし(三)の各所為について、その都度厳重な注意(訓戒)を与え、原告は、右(二)の所為について陳謝の意を示し、今後絶対に同種同様の行為を繰り返さない旨誓約したにもかかわらず右(四)の所為を繰り返し、更に右(三)の勤務態度に照し、被告は、原告の違反態様が重いものとして、本件解雇に踏み切つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1項の事実は認める。

2  同2項について

(一) (一)の事実は認める。但し、右事実は女性客からの誘いに起因するものであり、しかも全く個人的な問題であつて、会社及び従業員の体面を汚したときに該当するものではない。

(二) (二)の事実は認める。但し、野球をした時間は午前一〇時から約三〇分間程度であり、原告は、右時間を休憩時間と考え、その旨被告に連絡した。

(三) (三)のうち、被告の大谷専務が原告に対し、昭和五五年一月、実車率が悪いことを指摘したことは認めるが、原告の実車率は他の運転手に比して何ら劣るものではない。実車率は五〇パーセントが標準であるところ、原告の実車率が三〇ないし四〇パーセント程度の月が存したことは間違いないが、これは原告が「流し」のため走行した結果によるもので、「流し」は何ら制限されていず、右注意後は被告の指示に従い、「流し」をやめている。

(四) (四)の事実は否認。

3  同3項中厳重な注意(訓戒)の点は認め、その余は争う。

五  再抗弁

1  一事不再理

抗弁2項ないし(三)の各行為は、本件解雇より一年以上前の問題であり、被告は原告に対し、右各所為について、その都度口頭注意処分を行つており、本件解雇にあたり右各所為を懲戒処分の対象にすることは一事不再理の原則に照し許されない。

2  不当労働行為

本件解雇は、労働組合法七条一号の不当労働行為に該当し、無効である。

(一) 原告は、北九州地区タクシー労働組合の組合員であり、昭和五五年七月ころ、被告内において、労働条件等を改善して働きやすい職場を確立する目的で海老津タクシー乗務員会(同年八月初めころ、海老津タクシー親睦会と改称)という労働組合のための準備グループを結成し、以来、個人的に勧誘を進め、同年一〇月一六日現在で二三名中一四名の従業員を組織結集し、この間、同年九月初旬、一〇月一六日、一〇月一八日と会合を開いて労働組合結成のための準備を進めてきた。

(二) 被告は、右労働組合結成の動きを察知するやこれを嫌忌し、会員に対し脱退工作を進め、これを破壊する意図で、中心的役割を担う原告に対し、本件解雇に及んだものである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1項は争う。訓戒は就業規則上懲戒処分ではない。

2  同2項は争う。

同項(一)の事実は不知。

同項(二)の事実は否認。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1ないし3項及び抗弁1項の各事実は、当事者間に争いがない。

二本件解雇事由について

被告は、原告には抗弁2項(一)ないし(四)の事由があると主張するので、以下検討する。

(一)  原告が、昭和五一年八、九月ころ、被告タクシーに乗務中、北九州市八幡西区黒崎町商店街付近で乗せた女性客と、ホテル等で情交関係を伴う交際を持ち、同女が有夫であることを知つた後も右関係を継続し、そのため被告は同女の夫から抗議を受けたことは、当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、右交際のきつかけはむしろ同女の誘いによるものであつたし、その期間は二か月程であること、原、被告の謝罪により、当初陸運局に通報するなどと息巻いていた同女の夫及びその親族も、結局これを宥恕して事無きを得、このため右の事実は関係者で処理し得たものとして未だ社会の知るところとなつていないことが認められ<る。>

(二)  原告が、昭和五三年夏、勤務時間中に、福岡県鞍手郡鞍手町古門所在の野球グランドで野球に興じ、その間乗務中の車輛から離れていたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右野球に興じた時間は、午前一〇時一五分ころから午後一時前までの約三時間であることが認められ<る。>

(三)  <証拠>によれば、原告の実車率は、昭和五五年一月被告の大谷専務に注意されるまでは、いわゆる「流し」走行をしていたため標準とされる「五〇パーセントを下回つていたが、右注意後は被告の方針に従い「流し」走行をやめたことにより他の乗務員と同率になつたこと、昭和五五年四月一日から同年一〇月末日までの実績では、同一営業所勤務の乗務員二〇名中内九名の平均実績と比して、原告の走行距離、実車距離、運賃収入はいずれも劣り、運賃収入においては約一割五分劣ること、しかし、右九名の中に含まれない三名は原告の実績より更に下回ることが設められ<る。>

(四)  <証拠>を総合すれば、原告は昭和五五年九月二九日の午前中から昼にかけてと、同年一〇月九日の午前一一時五五分から午後一時一七分頃までの間の二回に亘り、それぞれ岡垣町野間所在の岡垣町営グランドにおいて、勤務時間中被告に無断で営業車を放置してソフトボールに興じたことが明らかに認められ<る。>

三<証拠>によれば、被告の就業規則八四条にはソフトボール事由として、「会社の内外を問わず不正不法な行為により会社の信用を失墜したとき(一四号)」、「故意に業務の能率を低下させたとき(一七号)」、「会社の内外を問わず不正又は不法な行為をして著しく従業員としての体面を汚したとき(一八号)」、「許可なく会社の車輛を放置したとき(二三号)」、「運転者の服務規定等に悪質に違反したとき(三六号)」と規定されていることが認められる。

四本件解雇の効力について

そこで本件解雇の効力について検討するに、前示二(一)ないし(三)項の各解雇事由について、原告は既に訓戒処分を受けているから一事不再理の法理により再度の懲戒処分は許されない旨主張するところ、被告が原告に対しその都度厳重な注意(訓戒)を与えたことは当事者間に争いがないが、<証拠>を総合すれば右の訓戒は就業規則上の懲戒処分と異なり事実上の注意処分にすぎないことが認められるところからすれば、右訓戒の事実をもつて懲戒処分が許されない一事不再理の事由とすることはできないから、更に進んで被告主張の前示二(一)ないし(四)項の各解雇事由について順次考えてみる。

(一) 被告は、二(一)項の原告の所為が就業規則八四条一四号、一八号該当すると主張するところ、タクシー営業は、各種運送機関の中にあつて、多数の同業者と競争して、老若男女を問わず全く面識のない不特定多数の顧客から乗車申込を受けて目的地まで送り届けることをその主たる業務内容とするものであるから、先ずもつて、その信用を維持増進することが営業政策上不可欠のものとして要請されていることは想像に難くない。そして、いわばその第一線で顧客に接する運転手である原告が、たまたま乗客として乗り合わせた女性客、しかも有夫の女性と、これを機に交際情交関係を持つことは、単に原告の個人的問題にとどまらず、被告の信用を失墜させ、ひいてはその企業経営を危殆に瀕せしめるものであつて、会社及び従業員の体面を汚すものといわなければならず、この点の被告の主張は充分の理由がある。しかしながら、本件の場合、二(一)項認定のとおり、原告の所為は同女の夫及びその親族に宥恕されて公にならずその終息を見たことから、具体的に被告の信用を失墜させたものとは言い難いことや、原告の非違行為に対しては右のとおりすでに訓戒処分がなされており、該処分は事実上のものとはいつても実質的には就業規則上の懲戒処分である譴責処分とさして異なるところはないことを考え併せると、今更右同条同各号に該当するものとして懲戒解雇権を行使することは相当でないといわなければならない。

(二) 次に被告は、原告の前示二(二)項の所為が同条一七号、二三号に該当すると主張するところ、確かに右所為は右同条同各号に該当するのは間違いないのであるが、解雇前二年以上の所為である上前同様の訓戒処分がなされていることに徴すれば、同所為を捉えて懲戒解雇事由とすることは許されないものといわなければならない。

(三) また原告の前示二(三)の所為については、原告の勤務実績が他の乗務員に比し劣位にあることは否定できないとしても、本件全証拠によるも原告が故意に走行距離、実車距離、運賃収入を少くした事実を認めるに足る証拠はなく、従つて原告の勤務成績の不良が同条一七号、三六号に該当するとは断じがたい上、前同様すでに訓戒ずみであることを考えれば、右所為をもつて懲戒解雇の対象とすることは相当でない、といわなければならない。

(四) そこで前示二(四)において認定した昭和五五年九月二九日、同年一〇月九日の原告の所為について検討を加える。

タクシー乗務員の服務規律については、工場労働者と異なり、経営者が乗務員をその手許において監督できないため、乗務員も心掛け次第ではとかく自由怠惰な服務態度に陥る可能性があり、しかも乗務員の服務態度如何は直接運収に影響を及ぼし、その職場離脱行為はタクシー経営に深刻で致命的な打撃を与えかねない、というタクシー営業の特殊性を考慮し、且つこの種職場離脱行為の証拠蒐集の困難さと原告の否認の態様及び前示二(二)項の同種前歴の存在に前示二(一)項の非違行為等諸般の事情を総合的に考え併せれば、原告のソフトボールの所為は、タクシー乗務員としてあるまじき被告に対する不信行為であり、再三に亘り故意に業務能率を低下させたばかりか、許可なく会社の車輛を放置したとして就業規則八四条一七号、二三号に該当し、懲戒解雇処分に付されても止むをえない見方が或はありうるかもしれない。しかしながら、当裁判所は原告のソフトボールの所為の回数、態様、職場離脱の時間等を仔細に勘案した上懲戒解雇処分が労働者に与える影響の重大さを思い、原告の反省と被告の今一度の宥恕を期待して、この際被告の懲戒解雇処分をなお若干重きにすぎるものと判断した。

(五) 右は即ち、原告に対してなされた被告の本件解雇の意思表示が就業規則の適用を誤り、懲戒解雇権を発動すべからざる場合に発動したことに帰着するものであつて、その余の争点につき判断するまでもなく、当該意思表示は無効といわなければならない。

五以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(鍋山健 渡邉安一 渡邉了造)

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